【Lesson 13】
◆ この回のポイント
文章には「文ごとの主語」と「文章全体での主語」があります。
文単位で主語が正しくても、全体を通して語り手の視点がブレていると、読者は“誰の話を読まされているのか”がわからなくなります。
今回は芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を題材に、「主語のブレがある文章」「主語を統一した文章」「視点を変えた文章」を比較しながら、主語の一貫性が読みやすさに与える影響を体感してもらいます。
◆ 悪文見本:主語がブレる蜘蛛の糸(例文)
ある地獄の底では、たくさんの罪人が苦しんでいた。そこにいたカンダタは、以前、蜘蛛を助けたことがある。しかしその地獄の様子は暗く重苦しいものであり、罪人たちは無言で責めを受けている。
お釈迦様が蓮池のそばを通りかかったとき、その池に咲いている花は白く清らかで、香りも静かに漂っていたので、昔のことを思い出す。彼の視線の先には、カンダタが蜘蛛を踏まずに見逃した場面がよみがえっていた。
そのとき、蓮の花の下から地獄へと一本の蜘蛛の糸が垂れていくと、彼はそれを掴み取って上へ上へと登り始めた。罪人たちはその様子を見ていたが、カンダタの足元にはどこまでも糸が続いていた。
◆ 文章中に登場する主語を抜き出すと…
- 地獄
- 罪人たち
- カンダタ
- お釈迦様
- 蓮池・花・香り
- 「彼」←どちらを指すか不明
- 罪人たち(再登場)
→ 結果:語り手不明、視点ブレブレ、読者は迷子
◆ 同じ題材で主語を揃えた3つの例文
● 視点①:お釈迦様(俯瞰・静けさ)
お釈迦様が蓮池のほとりに立ったとき、池に咲く白い花が静かに香っていた。
ふとお釈迦様は、地獄で苦しむ人々の姿を思い出す。中でも、カンダタという男が、かつて小さな蜘蛛を踏まずに見逃したことがあった。
その善行を思い出したお釈迦様は、一本の蜘蛛の糸を、蓮の花の下から地獄へと垂らした。
カンダタはそれに気づき、懸命に登りはじめる。地獄の底から、救いの糸をたぐるように。
● 視点②:カンダタ(一人称・当事者)
地獄の底に落ちてから、どれほどの時が経っただろう。
苦しみと呻きの中で、俺はただうずくまっていた。
ふと上を見ると、一本の細い糸が光の中から垂れていた。
俺はそれを掴み、登りはじめた。足は震えていたが、ここから抜け出せると信じて、ひたすら上を目指した。
● 視点③:罪人たち(群像・第三者)
我々は、ただ這いつくばるしかなかった。地獄には光がなく、呻き声だけが響いていた。
そんな中、一本の細い糸が上空から垂れてきた。
カンダタという男がそれにしがみつき、必死に登り始めた。
我々は、その姿を見上げるしかなかった。
◆ 添削ポイント
- 主語が違うと、見える風景も言葉の選び方も変わる
- 主語=視点=読者が立つ“地面”。ブレると読者がグラつく
- 文章全体を通して「誰が語っているのか」を一貫させることが、読者の理解と共感を生む
◆ まとめ 〜この回の学びを振り返ろう〜

- 「主語が文法的に正しい」だけでは足りない
- 文章全体で一貫した“視点”があるかをチェックしよう
- 誰の目で語るかが決まれば、文章全体のトーン・情報の選び方が整う
このLesson 13は、書き手として“もう一段上”を目指すための大事な一歩です。
文章を整える前に、まず「視点を定める」ことから始めましょう。
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