
「なんで、あの人はあんなことをするんやろう」
そう思ったこと、ありますよね。こっちの都合はおかまいなしに、言いたいことだけ一方的に喋って去っていく人。会うたびにマウントを取ってくる人。頼んでもいないのにアドバイスを置いていく人。べつに大事件が起きるわけじゃないんですけど、そのあとしばらく、胸のあたりがモヤッとする。あの感じです。
このモヤモヤ、根性論で「気にせんとこ」とやっても、だいたい消えません。私もずっとそうやった。で、最近ちょっとマシになったのが、その現象に「名前をつける」というやり方です。今日はその話をします。
モヤモヤの正体は、たぶん「わからん」こと
あらためて考えると、人にイラッとするときって、相手の行動そのものより、「なんでそうするのか理解できない」ことのほうがしんどかったりします。
得体の知れないものって、人間けっこう怖いんですよね。暗い部屋で何かがガサッと動いたら身構えるのと一緒で、「意図のわからない他人」は、脳にとってちょっとした脅威として処理される。だからザワザワする。相手が嫌いというより、正体がつかめないからザワつく、というのが先にある気がします。
だとすると、やることはひとつ。正体に、輪郭を与えてやればいい。
名前をつけると、脳が少し静かになる(らしい)
感情に名前をつけると気持ちが落ち着く、というのは、わりとちゃんと研究されている話です。
カリフォルニア大の研究チームが2007年に出した「Putting Feelings Into Words(感情を言葉にする)」という論文では、不安や恐怖を感じている人が、その感情に合う言葉を選んでラベルを貼ると、扁桃体(へんとうたい。脳の中で「危険!」と警報を鳴らす担当)の活動が下がった、と報告されています。心理学では affect labeling、日本語だと「感情のラベリング」なんて呼ばれます。
発達心理学の世界には「Name it to tame it(名づけて、飼いならす)」という言い回しもあります。暴れている感情も、名前を与えてやると、ちょっとおとなしくなる。荒ぶる感情に首輪をつけるイメージですね。
難しい脳の話をしましたけど、要は「これは○○という現象だ」とラベルを貼った瞬間、人はそれを上から眺められるようになる、ということです。渦中にいると飲まれるけど、名前をつけると一歩引ける。
「なんであの人は」と思った時点で、こっちも誤作動している
もうひとつ、知っておくと楽になる現象があります。根本的な帰属の誤りというやつです。1977年に社会心理学者のリー・ロスが名づけた、有名な認知のクセです。
これは何かというと、他人の行動を、状況のせいではなく「その人の性格のせい」にしてしまう傾向のこと。あの人が一方的に喋ってきたとき、私たちはつい「自己中な人間だから」と本人の人格に原因を貼りつけます。「いま余裕がないのかも」「不安で誰かに聞いてほしいのかも」という状況の線は、なぜか思い浮かびにくい。
なんでそうなるかというと、そっちのほうが脳にとって圧倒的に楽だからです。状況をいちいち想像するより、「そういう人」と一言で片づけたほうが、考えなくて済む。正直な臓器なんですよ、脳は。
おもしろいのが、これが自分のことになると逆転すること。自分が一方的に喋ったときは「いや今日はたまたま余裕がなくて」と状況のせいにする。他人には性格、自分には事情。これは行為者・観察者バイアスと呼ばれます。…われながら、ずいぶん都合のいい仕様やなと思います。
つまり「なんであの人は」とモヤッとした時点で、相手が変なだけじゃなく、こっちの脳も省エネモードで雑な決めつけをしている。まずそこに気づくだけでも、ちょっと風通しがよくなります。
具体例に、仮の名前を貼ってみる
では実際にやってみましょう。冒頭の「言いたいことだけ勝手に喋ってくる人」。これに名前をつけるなら、たとえばこんな仮説が立てられます。
- 不安を外に出して消したい人……頭の中の不安を、しゃべることでなんとか処理しようとしている。聞き手が欲しいだけで、こっちの返事は実はそんなに要らない
- 会話で優位に立ちたい人(マウンティング)……自分の価値が揺らぐのが怖くて、喋る量と情報量で場を制圧しにきている。攻撃というより、防御に近い
- コントロール欲求が強い人……場の主導権を握っていないと落ち着かない。沈黙や「わからなさ」に弱い
頼んでもいないアドバイスを置いていく人なら、「役に立つことで自分の存在を確かめたい人」かもしれない。マウントを取ってくる人なら、「本当は自信がなくて、上に立つことで安心したい人」かもしれない。
名前をつけてみると、不思議なもので、その人のスタンスが急に見えてくるんですよね。「ああ、これは攻撃じゃなくて、この人なりの不安の処理なんやな」と。そう思えた瞬間に、こっちが受け止めるべき球の重さが、ちょっと軽くなる。
名前は「当てる」より「取っ手をつける」ためにある
ここでひとつ、大事な但し書きを。
いま挙げた名前は、全部こっちの勝手な仮説です。本当のところ相手が何を考えているかなんて、本人にもわかっていないことが多い。だから「この人はマウンティングタイプだ」と決めつけて、それを正解として扱うのは、それはそれで新しい決めつけ=さっきの帰属の誤りの再来になります。そこは気をつけたい。
名前をつける目的は、相手を正確に分類することじゃないんです。モヤモヤというつかみどころのない塊に、取っ手をつけること。これに尽きます。
取っ手がつくと、感情を上から眺められる。眺められると、距離が測れる。距離が測れると、「この人にはこれ以上期待せんとこ」「半分だけ受け取って、半分は受け流そう」と、自分の側の構え方を決められる。
怒りや失望って、たいてい期待の裏返しなんですよね。「わかってくれるはず」「ふつうこうするはず」が外れたときに発生する。でも「ああ、この人はこういうスタンスの人ね」と名前で輪郭が見えていれば、最初から期待のピントが合う。ピントが合えば、外れない。外れなければ、怒らんで済む。どうしても離れられない相手ほど、この「納得のための名づけ」が効きます。相手を変えるんじゃなくて、こっちの期待値のほうを現実に寄せていく作業です。
これから、現象に名前をつける話を書いていきます
世の中には、まだ自分が名前を知らないだけで、すでに誰かがちゃんと名前をつけてくれている現象が、山ほどあります。確証バイアス、ハロー効果、サンクコスト、いろいろ。知っておくと、日々のモヤモヤに「あ、これあのパターンや」と先回りでラベルが貼れる。先回りで貼れると、巻き込まれずに済む。
というわけでこのブログでは、これから「日常で出会うあのモヤモヤに、心理学が用意してくれている名前」を、ぼちぼち紹介していこうと思います。名前は、相手を裁くための武器じゃなくて、自分の心を置く場所を決めるための道具。そんな感じで、気楽に使ってもらえたら。
次あの人にイラッとしたら、まず一歩引いて、「さて、これは何という現象やろか」とつぶやいてみてください。それだけで、わりと景色が変わるけん。


